白い風、宵の月 第1章04

04 ハリス暗殺計画

「顔の広いお前に頼みがある」

 隠し刀がそう切り出すと、桂はふと笑みをこぼした。

「坂本くんが売り込んだのかな? 人の因縁を取り持つ才なら、彼の方が上だね」

 言われてみれば確かに。龍馬と出会ってから、己を取り巻く様々が変わってきている。このまま、片割れとの縁も手繰り寄せてくれたら……。隠し刀はそう願った。

「君の頼みを聞くのに、やぶさかではない。だが、タダというわけにはいかないな」

 まあ、普通はそうだろう。と、隠し刀は心の中で理解を示した。求めるなら、与えねばならない。当然のことである。むしろ、無償で与えられるものにほど警戒が必要だ。

「なあ、君は今の日ノ本をどう思う? 西洋列強は、虎視眈々とこの国を狙っている。しかるに『赤鬼』は米国に与し、従わぬ者を締め付け、不利な条約まで結ぼうとしている。日ノ本は、存亡の危機にあると思わないかね?」
「……赤鬼とは?」
「井伊大老のことだ。奴があの地位を得てから、弾圧はいや増すばかりだ」

 桂は苦々しい顔をしている。赤鬼に対して余程の不満を抱いているようだった。
 隠し刀はまつりごとには疎い。知る必要などなかったからである。里ではただただ己の腕を磨き、言われるがままに任務をこなしていれば良かった。『隠し刀』はただの道具だ。道具に意思も、思想も必要ない。
 ゆえに、赤鬼こと井伊大老について隠し刀が知っていることはあまりに少ない。確かなのは、幕府の要人だということくらいである。

「まつりごとは、私には良くわからない。だが、つまり……井伊大老のしていることはこの国にとって害である、と……そういうことか?」
「端的に言えば、そうだ。そしてこれは、日ノ本の民である君にとっても決して他人事ではない。今はまだ、良くわからないかもしれないが……。この国のあり様を、根本から見直すべき時が来ているのだよ」

 井伊大老、ひいては幕府の存在に異を唱える。という意味であるなら、隠し刀の国許である黒洲の国是と通ずるものがある。『隠し刀』は、来るべき黒洲と幕府の戦いに備えて作られたのだから。

「私と松陰くんは、そのために尽力すると誓った。しかし、同志をまとめるべき松陰くんの行方が掴めない。条約が結ばれたら、取り返しがつかないというのに……」

 桂は眉をしかめて腕を組んだ。事態は逼迫ひっぱくしているようである。龍馬が吉田松陰を探し回っているのもこれが理由なのだろう。
 条約が結ばれたら日本はどうなるのか。隠し刀には想像もつかない。桂は他人事ではないというが、今の隠し刀には、この問題を我が事のように捉えるのは難しかった。
 とまれ、まずは片割れを見つけること。今後のすべてはそれからである。

「……お前は坂本さんからの紹介だったな」

 横から、久坂が口を挟んだ。

「ならば、打ち明けよう。我々は米国の領事ハリスを討ち、条約をぶち壊すつもりだ」

 きた、と隠し刀は思った。この話が聞きたかった。

「そう簡単にいく話ではないように思うが……」
「それは我々も重々承知している」

 隠し刀が懸念を口にすると、桂が硬い表情で答える。

「それで今、腕の立つ者を探しているところだ。私に頼みがあるなら……、先に力添えを願いたい」

 渡りに船な申し出だった。だが、ここで一も二もなく引き受けては、待ってましたと言わんばかりだろうか。隠し刀はそんなことを考えて、少し返事を躊躇った。

「いきなりこんな話を聞いて、驚いただろう? 今すぐ返事をくれなくても構わないよ」

 隠し刀の躊躇を、桂はいい具合に誤解して受け取ってくれたようだった。

「だが、良く考えてみてほしい。坂本くんから聞いたが、君は『黒船に乗ってきた侍』を探しているそうじゃないか。ハリスの護衛の一人が、その侍だという噂がある。ハリスに迫れば、その者が現れるかもしれない。これはお互いに利のある話だと思わないか?」

 なかなかどうして、抜け目のない男だ。昨夜の酔っ払いと同じ人物だとは思えない。桂小五郎への評価を改める必要があるな、と隠し刀は思った。

「……少し、考えさせてくれ」
「勿論だとも。ただし、あまり時間がないということは承知しておいてほしい」
「わかった」

 隠し刀は頷いて、それからふと思い出したかのように「腕の立つ者が必要なら」と言葉を続けた。

「宵月には声をかけないのか? 彼女は相当に腕が立つらしいが」

 すると、桂と久坂が顔を見合わせた。

「……その、彼女の実力は良く知っているよ」

 桂は渋い顔をして、どこかバツが悪そうだった。隠し刀が不思議に思っていると、

「桂さんは以前、遊郭で酔って他の客に絡んだ挙句、止めに入った彼女にまで絡んで投げ飛ばされたことがある」

 と、久坂が説明してくれた。先程の桂と宵月の間にあった妙な空気はこれが理由のようである。
 隠し刀は少し笑いそうになった。泥酔した桂が宵月に投げ飛ばされる。その光景が容易に想像できてしまったのだった。
 しかし、久坂はいたって真面目な顔で「あれは見事なものだった」と宵月を称賛した。

「剣の腕も申し分ないと聞き及んでいる。協力を得られれば、確かに心強いだろう」
「……だが、申し訳ないが彼女のことはあまり信用できなくてね」

 久坂に続いて桂が言う。

「彼女の噂を聞いたことがあるかい? 遊郭で用心棒をしている以外にも、あちらこちらで用聞きをしていると」
「ああ、聞いている」
「その中には、同心も含まれているんだ。異人と一緒にいるところを見たという者もいる。私が聞いた話では、彼女は金さえ積めば誰からでも、どんな仕事でも引き受けてくれるらしい。頼めば手を貸してくれるかもしれないが、我々から得た情報を誰かに売ってしまう可能性も否定できない。だから、おいそれと味方に引き入れるわけにはいかないんだ」

 隠し刀は、宵月がそんなふうに言われているとは知らなかった。
 汚れ仕事に手を出す抵抗感は、隠し刀がそうであるように、おそらく彼女も持ち合わせてはいないだろう。だが、金がすべてというような人物だとも、隠し刀には思えなかった。

「君は彼女と同郷だそうだね。そんな相手をこのように言って申し訳ないが」
「……いや、お前たちの立場からすれば、彼女を信用出来ないというのは当然のことだと思う。私のことは気にしなくていい。そもそも、私も彼女とは先日知り合ったばかりでな」
「おや、そうなのか。国許で関わりはなかったのかい?」
「まったく」

 答えてから、隠し刀はそういえば、と思った。里で彼女を見たことはないし、その名を聞いたこともない。『隠し刀』は特定の名を持たないから、『宵月』という名は里を出てから便宜上つけたものかもしれないが。

「お前たちの国許はどこになる?」

 久坂に問われ、隠し刀は正直に「黒洲だ」と答えた。ここで下手な嘘をついてもしようがない。

「黒洲?」
「……確か、北陸の小藩だね。数年前に改易されたはずだが」
「なるほど。それでお前たちは浪人に?」
「私はそんなところだ。宵月は……、あまり詳しい事情は知らないが、おそらくは似たようなものだと」

 これ以上深く探られるとボロが出そうだ。隠し刀はどう話をそらしたものかと考えた。

「女の身で浪人になろうとは。その苦労は幾ばくか知れんな」
「ふむ……。生きるためには仕事を選んでなどいられない、とも考えられるか」

 二人は腕を組んで考え込んでいる。桂はうんうん唸ったあと、顔を上げて隠し刀を見た。

「……機会があれば、彼女と話をしてみるのもいいかもしれないな。共に行った高杉くんにも、何を話したか聞いてみるとしよう」

 桂が宵月に興味を持ったことをどう判断すべきか。もし、余計なことをしてしまったのだとしたら、彼女に申し訳が立たない。隠し刀は、すぐにでも事の次第を説明しに行かなければ、と思った。

「私も、そろそろ一度失礼させてもらう」

 隠し刀がそう言うと、桂も「私たちももう行かなくては」と頷いた。

「先程の件、その気があれば声をかけてくれたまえ。……待っているよ」

 桂はそう言い残し、久坂と共に去っていった。
 桂に対する返事はすでに決まっている。ハリス襲撃に加わり、『黒船に乗ってきた侍』に会う。隠し刀に迷いはない。
 だが、その前にまずは宵月と会わなくては。隠し刀は踵を返して遊郭へと向かった。
 しかし、宵月と会うことは出来なかった。代わりにたかがやってきて、彼女は戻ってすぐに「仕事がある」と言ってまた出て行ったらしい。そういうことがたまにあるのだという。
 宵月が戻ってきたら、自分が探していたと伝えてくれるよう頼んで、その日は長屋へ帰った。だが、一晩経っても彼女が姿を現すことはなく、その次の日も、何の音沙汰もなかった。
 それ以上は、もう待てなかった。隠し刀は桂小五郎のもとへ赴き、ハリス暗殺計画への助力を申し出た。

 米国領事館は山下の海沿いに建っていた。二階建ての洋館で、周囲は高い石の塀で囲われている。入り口は、海に面した正門以外に、そこから左右に少し回った所に一つずつと、裏門の計四か所だった。
 周囲をぐるりと観察しながら、隠し刀はどこから侵入したものかと考えた。
 自分だけなら、忍び込むのは容易だ。だが、今回は桂たちがいる。彼らがどの程度動けるのかはわからないが、『隠し刀』として育てられた自分のようにはいくまい。こちらが向こうに合わせる必要があるだろう。
 難儀なものだな、と隠し刀は思った。片割れと二人でなら、こんな悩みなどなかったのに。そこまで考え、かぶりを振った。今は作戦に集中しなくては。
 日が暮れて、空に大きな満月が昇り始めた宵の口。その月明かりを見て、隠し刀は目を細めた。敵地に潜入するには些か明るすぎる。
 しかし、隠し刀のそんな心配は一瞬で杞憂と化した。

「行け行け! 行けーい!」

 血気盛んな声を張り上げ、男たちが真正面から領事館へと突入していったのだ。この計画を遂行するために桂が集めた仲間たちだった。
 隠し刀は呆気に取られた。これは『暗殺』計画ではなかったのか。

「愚かなことを!」

 傍にいた桂が呻いた。どうやら、彼にとっても想定外の事態のようだった。

「まずは様子をうかがえと釘を刺しておいたのだが……」

 意気込んだ者たちが数名、先走ってしまったようである。領事館を囲う塀の中から、怒号と銃声が響いている。

「悪いが、君もすぐに追いかけてくれ! 目指すはハリスの首ただ一つだ!」

 こうなっては、月の明るさなど気にしていてもしかたがない。隠し刀は桂と別れ、領事館の門を潜った。
 敷地内では所々で火の手が上がり、すでに負傷者も出ていた。だが、まだ前庭で交戦しているだけで、館までは辿り着けていないようだった。

「なんじゃあ!? あの鉄砲は!」

 驚愕と、悲鳴交じりの声が響く。隠し刀は館正面の入り口に目を向けた。
 開け放たれた扉の奥は吹き抜けの広間になっていた。その二階部分から、何十発もの銃弾が篠突く雨のように撃ち出されている。米国の新兵器だろうか。銃声が絶え間なく轟き、地面を抉りながら火花を撒き散らしている。
 あれではとても近づくことなど出来ない。あんな物を準備しているとは……。まるで、この襲撃を予見していたかのようだった。

「これでは進めぬぞ! 他に道はないか!?」

 そんな声が聞こえる前に、隠し刀は館の裏手に向かっていた。皆があの兵器に気を取られている今こそが好機である。ハリスに迫れればいいのだから、無益な戦闘をする必要などない。
 裏手にも見張りの兵がいたが、数は少なかった。正面突破など愚策であるが、そのおかげで兵士が向こうに集中している。隠し刀は鉤縄を使い、二階の外廊下から難なく領事館内に侵入した。
 中では、絶え間ない銃声と、激しい口調の英語が飛び交っていた。
 隠し刀は身を屈め、周囲の気配を探りながら進んだ。
 広間を陣取っているあの火器を止めれば、足止めを食らっている仲間たちが雪崩れ込んでくるだろう。そうやって彼らが暴れてくれている間に、ハリスのもとへ向かう。
 銃声のもっとも激しい方へ向かい、隠し刀は広間の二階まで辿り着いた。あの大型の火器に加え、長銃で階下を狙う兵士が数名。誰も、自分たちの背後など気にしていなかった。
 隠し刀はまず、長銃を持つ兵士の一人に忍び寄った。刀を抜き、背後から胸をひと息で貫く。呻き声は銃声にかき消されたが、吹き抜けを挟んで対面にいた違う兵士に見つかった。

「“なんだ!? 一体どこから……”」

 英語で何か言っている。銃を向けられたが、隠し刀は刺し殺した兵士の体を掴んで盾にした。同時に、兵士が持っていた銃を奪い、構える。相手は味方を撃つことに躊躇していたが、隠し刀に迷いはなかった。躊躇わずに放たれた銃弾は、相手兵士の頭部に直撃した。呻き声の一つも聞こえなかった。
 隠し刀は盾にした兵士の体を前に押し倒した。刺さったままだった刀を引き抜き、例の火器のもとへ走る。その大きさに加え、狭い通路での運用のせいか。こちらに方向転換は出来ないようだった。
 射手は慌てて腰のサーベルに手をかけたが、隠し刀の方が早かった。駆け込んだ勢いのまま刀を振り上げ、サーベルを掴もうとした手首を落とし、返す刃で袈裟掛けに斬り伏せた。

「銃撃が止んだぞ! 行け、行けーい!」

 階下から雄叫びが響いてきた。隠し刀の狙い通り、仲間たちが正面入り口から飛び込んできたのだ。その中に久坂の姿を見つけ、隠し刀は手摺りから身を乗り出した。
 広間の一階にいた敵兵士を、久坂が両手に持った刀で斬り伏せた。久坂は二刀流の流派『二天一流』の使い手だ。
 この暗殺計画が始まる前、隠し刀は馬車道にある道場で久坂と手合わせを行った。勝ったのは隠し刀だったが、久坂もかなりの腕前だった。

「ハリスを探せ!」

 久坂の声は本当に良く通る。仲間たちが一斉に散る中、隠し刀は手摺りを乗り越えて一階に飛び降りた。
 突然落ちてきた影に久坂は一瞬身構えたが、それが隠し刀だとわかると「ああ、お前か」と警戒を解いた。

「あれを止めたのはお前だったのか」
「ああ」
「そうか、感謝する」
「気にするな」

 隠し刀は首を振った。

「上にハリスはいたか?」

 久坂の問いに、もう一度首を振る。

「いや、隈なく見たわけではないが、おそらく上にはいない。いざという時に逃げ場がなくなるからな」
「ならば、やはり……」

 両手の刀を鞘に収めながら、久坂が視線を横に向けた。木製の大きな両開きの扉が行く手を塞いでいる。久坂が近づいて扉の取っ手を掴んだが、ガタガタと揺れるだけで開きはしなかった。

「この先が怪しいが、鍵か……」

 どこかに保管してあるか、誰かが所持しているか。どちらにしろ、今から探すとなると手間である。そうこうしているうちにハリスを逃がしてしまうかもしれない。そうなれば、『黒船に乗ってきた侍』との接触もかなわない。
 隠し刀は周囲を見回した。敵兵士が使っていた長銃が床に転がっている。拾い上げて確認すると、弾は入っていなかった。が、問題ない。敵兵士の死体が持っている。
 隠し刀が銃に弾を込めていると、久坂が「どうした?」と声をかけてきた。

「いい方法を思いついた」
「ほう? どんな方法だ?」

 久坂は腕組みをして隠し刀の動向をうかがっている。隠し刀は扉に歩み寄り、銃口を鍵穴付近に押し当てた。
 バンッと大きな銃声が響き、火花と木片が飛び散った。至近距離で銃弾を受けた扉には穴が開いている。隠し刀は銃を捨てて取っ手を掴んだ。少し押してみれば、扉はすんなりと動いた。

「開いたぞ」
「なるほど。少々野蛮だが、確かに悪くない」

 隠し刀と久坂は顔を見合わせて頷いた。
 両手で左右の取っ手を掴み、扉を押し開く。中は広い部屋になっていた。天井が高く、色硝子を組み合わせた大きな窓がこちらを見下ろしている。それが月明かりを受けて床に色とりどりの模様を作っていた。
 ――その奥。こちらに背を向けた白髪の男を見つけ、隠し刀は刀を抜いた。

「ハリスか!?」

 久坂が声を上げた。そのまま飛び掛かっていきそうな気配に、隠し刀はさっと片手を伸ばして押しとどめた。
 背を向けた男は肩を上下させ、乱れた呼吸を繰り返している。その後ろ姿から、極度の緊張と恐怖が伝わってきた。こうして追い詰められた人間は、どんな行動に出るかわからない。不用意に近づくのは危険である。

「わ、私に手を出せると思うな!」

 突如、男が叫んだ。勢いよく振り返った男の手には短銃が握られていた。それを見た瞬間、隠し刀は久坂を突き飛ばした。
 銃声が二度、響く。一発目を左に、二発目を右に踏み込みながらかわし、隠し刀は床を蹴った。ハリスと思しき男に斬りかかる、その寸前だった。頭上に殺気を感じて、隠し刀は咄嗟に飛び退いた。
 黒い影が落ちてきて、抜き身の刃が月明かりにぎらりと光った。
 隠し刀はその一太刀目を避け、黒い影に向かって上段から刀を振り下ろした。影が左腕を前に出す。そのまま斬り落とすつもりだったが、突如響いた金属同士がぶつかる甲高い音に、隠し刀は驚いた。手に伝わったのは、肉や骨を断つ感触ではなく、硬い岩にでも打ちつけたかのような痺れだった。
 己の刀を受け止めている腕を見て、隠し刀はまた驚いた。金属で出来た腕をしている。これが噂の『鬼の手』か。
 そこまで考えて、はっとする。金属の腕の向こうにある、黒い影の正体を見たのだった。圧し迫る刀を受け止めながら、眉を歪める女の顔。見間違うはずもない――片割れだ。
 隠し刀は無意識のうちに力を緩めていた。その瞬間を逃さず、女が腕を振って刀を弾いた。

「こいつに手を出すな!」

 女が声を荒げた。久しく聞いていなかった、片割れの声だった。

「殺せ! そいつを殺すんだ!」

 距離を取った片割れの背後で、ハリスが叫んでいる。隠し刀にとっては、最早どうでもいい存在だ。

「待て!」

 逃げ出すハリスを久坂が追おうとしたが、片割れがその行く手を阻んだ。

「……貴様か、『黒船に乗ってきた侍』というのは」

 久坂が片割れを睨んで言った。片割れは答えなかったが、ハリスを護衛していることといい、あの奇怪な左腕といい、もはや疑う余地はない。

「やはり……生きていた……」

 隠し刀は刀を下ろし、片割れに一歩近づいた。

「ずっと、お前を探して……」

 手を伸ばす。しかし、返ってきたのはこちらを射抜く鋭い視線と、殺気が宿った切っ先だった。

「……私の邪魔をするな」

 こちらを牽制する、低く冷たい声。隠し刀は愕然とした。まさか、自分が彼女からこのような殺気を向けられようとは。
 しかし、ふと気づけば、隠し刀は手にした得物を構えていた。殺気を向けられた体が、自然とそう動いていたのだった。隣で、久坂も二刀を構えている。

「お前たちがどう関係か知らないが、異人に与する者に容赦はしない」

 久坂が言った。彼の立場からすればそうであろう。それに、片割れが本気であるのなら、手を抜けばやられるのはこちらだ。彼女の強さは、隠し刀が一番良くわかっている。
 刀をしかと構え直しながら、隠し刀は心の中で嘆いた。嗚呼、何故こんなことに。